【Amazonプライムで無料配信中】これぞ恋愛ストーリーの元祖「高慢と偏見」はBBCドラマ版(95年)が最高。

この「高慢と偏見」は、現代まで続く「恋愛もの」のプロットそのものと言っても過言ではないのではないか。

日本の月9とかのドラマとかでもお約束になっている

最初はあまり好印象ではない二人→徐々に惹かれあっていく自分の心を直視せずに無駄に軽くいがみあう→外野からも障害が入る→誤解が生じる→誤解を元に決定的とも言える喧嘩やすれ違いが起こる→誤解がとけ、愛している自分に気づく→お互いが愛を確かめ合い、ハッピーエンド

という形式は200年以上も前に遠くイングランドでジェーン・オースティンによって確立されたと言えよう。

文芸作品とかつまらなそう、とか堅苦しい?とか思っている人は損をしている。

恋愛ドラマとか映画とかが好きな人は漏れなく読むべきだし、観るべきである。

な、な、なんと今Amazonプライムで、

高慢と偏見(字幕版)
18世紀後半のイギリス。田舎町ネザーフィールドに住むベネット家には、美しい5人の姉妹がいた。田舎に住み、階級の低いベネット家の娘たちにとって、

に加えて、

高慢と偏見(字幕版)
女性は従順であるべきとされた時代。自主性に富んだベネット家の次女エリザベスは、資産家の青年ダーシーと知り合うが、彼の高慢で尊大な態度に反感を抱く。彼からのプロポーズもはねつけたエリザベスだったが、 ある出来事から自身が抱いていた反感は偏見に...

が見られる。

そしてNetflixでは

Netflix

とやっているので、久々にこの「高慢と偏見」の映像作品を連続で次々と見た次第。

夏目漱石も絶賛した「高慢と偏見」by ジェーン・オースティン

私は日本語訳で本作以外に「分別と多感(Sense and Sensibility)」、「エマ(Emma)」、「説得(Persuasion)」と若い頃から読んでいるけれど、この「高慢と偏見(Pride and Prejudice)」が最高傑作だと思う。ちまちまと英語オリジナルでも読み終えたほどハマった。

この「高慢と偏見」は刊行されたのは1813年だが、オースティンがわずか二十歳ごろの1796年から1797年にかけて書かれた「第一印象(First Impressions)」を手直しする形だったと言われている。

1800年前後の英国の階級社会への理解が鍵。

イングランドの地方のジェントリー階級、ベネット家の五人姉妹の次女であるエリザベス(リジーとかイライザと呼ばれる場面もある)が主人公。

1800年頃といえば、海峡を隔てた隣国フランスで革命が1789年に勃発し、4年後の1793年にはルイ16世もマリー=アントワネットも処刑され、貴族もバンバン処刑され、身分制がガラッと変わった頃。ナポレオンが台頭して1798年には英国もフランスとエジプトを拠点とした地中海の覇権を争って戦争している。(ちなみに日本は江戸時代中期から後期に入る頃ですね)

でも、この物語にはぜーんぜんそんな時勢の気配は感じられなくて、ただただイングランドの田舎のジェントリー階級の家の姉妹の結婚を中心とした平和な話なのだ。(当事者からすると、一族の命運を賭けてたり、平和とも言い切れないのだけど)

ジェントリーというのはいわゆる地主階級である。貴族の下に位置する階級で、上流に数えられる階級ではあるのだが、ベネット家はジェントリーとしては下の方で、近い親戚が成功した商人や弁護士など中流階級という感じである。軽佻浮薄なベネット夫人も中流の出身として描かれている。

そのため、ベネット家は基本的には上流の端くれなのだが、文脈によって「中流」とされる(もちろん中流の間では上の方なのだが)。現代日本では中流は社会の平均層というイメージなので疑問に思う人も多いけれど、日本も戦争が終わるくらいまでは中流というのは社会全体の上位1割程度の家のことだった。

現代イギリスでも上流(Upper-class)というのは基本的に王族、貴族、そしてこのジェントリーの家系の人たちに限定されると言われていて、全人口の0.1%もいない。
一般的な富裕な人々はUpper middle class(中上流)と呼ばれて、中流の上位層に過ぎない。
普通の医師や弁護士も一般的にはmiddle middle classと呼ばれて「中流の中」。

ただ、イギリスも20世紀前半までは労働者階級が9割を占めていたのに対して、現在は半分以上が「中流」という認識になっている(おそらくLower middle class的な人口が大きくなっている)。これはもちろん、労働者階級に生まれた人が学歴や職業によって中流に移行しているのと、社会の構成的にデスクワーク的な職業が多くなり、進学率も高くなっているのは、どの先進国にも見られる20世紀後半の変容である。

未来の王妃と目されるキャサリン妃を例に取ると、富裕な会社経営者の両親の元に生まれているのでUpper middle class(上位中流)の出身とされているが、両親は結婚後に起業して成功しているので、元々は普通の中流だったと言われていて(父の家系は事務弁護士)、さらにお母さんは元々は労働者階級である。
このように中流までは一代で普通に成り上がるのが20世紀後半以降の英国だけれど、Upper classだけは、そういう成り上がりが結婚以外では無理なのである(結婚しても、本人はやはりその出自が中流というイメージは抜けなさそう)。

この物語が書かれた18世紀末〜19世紀初頭となれば、階級というものはもっと強く人々に意識されていて、結婚に対しては最も影響するものだった。

この話の男主人公ともいえるMr.Darcy(ミスターダーシー)もまたジェントリーなのだが、こちらはどの文脈でも「上流」に数えられるジェントリーで、それは領地の広さとそれによる収入の高さ、また親族とのつながり(Mr.Darcyの亡き母、物語に出てくるデ・バーグ夫人の妹とされる人は伯爵令嬢である)で判断されるらしい。

いずれにせよ、ベネット家はMr.Darcyから見て「中流」と判断されることもあるのだが、それでも一応ジェントリー階級である。ジェントリーのピンとキリという感じではあるが、それでもジェントリー自体が社会全体の中で非常に限られた階層であるということを考えると、何だかまあどこにいても細かくランク分けされるのは世の常だという感じがする。

原作に忠実にするには映画は寸足らず…か

パロディとかを除いて、これまで実写化されたのは英語版Wikipediaによると以下の通り。

Year Adaptation Elizabeth Bennet Fitzwilliam Darcy Director Screenwriter Notes
1938 Pride and Prejudice Curigwen Lewis Andrew Osborn Michael Barry 現存しない
1940 Pride and Prejudice
(映画)
Greer Garson Laurence Olivier Robert Z. Leonard Aldous Huxley
Helen Jerome
Jane Murfin
1952 Pride and Prejudice Daphne Slater Peter Cushing Campbell Logan Cedric Wallis 現存しない
1957 Orgoglio e pregiudizio
tv
Virna Lisi Franco Volpi Daniele D’Anza Edoardo Anton イタリア版
1958 Pride and Prejudice
Television miniseries
Jane Downs Alan Badel Barbara Burnham Cedric Wallis 現存しない
1961 De vier dochters Bennet
Television miniseries
Lies Franken Ramses Shaffy Peter Holland Cedric Wallis
Lo van Hensbergen
現存しない
1966 Orgullo y prejuicio
Television miniseries
Elena María Tejeiro Pedro Becco Alberto González Vergel José Méndez Herrera スペイン語版
1967 Pride and Prejudice
TVシリーズ
Celia Bannerman Lewis Fiander Joan Craft Nemone Lethbridge
1980 Pride and Prejudice
TVシリーズ
Elizabeth Garvie David Rintoul Cyril Coke Fay Weldon
1995 Pride and Prejudice
TVシリーズ
Jennifer Ehle Colin Firth Simon Langton Andrew Davies
2004 Bride & Prejudice
映画
Aishwarya Rai Bachchan
(Lalita Bakshi)
Martin Henderson
(William “Will” Darcy)
Gurinder Chadha Gurinder Chadha
Paul Mayeda Berges
ボリウッド

(インド映画)

2005 Pride & Prejudice
Feature film
Keira Knightley Matthew Macfadyen Joe Wright Deborah Moggach

現存しないものとか、舞台が英国でないものを除外すると、

1940年の映画(ハリウッド)、1967年、1980年、1995年のBBCドラマシリーズ、そして2005年の映画版があるということになるのだけど、私がこの中で見たことがあるのは

ということになる。

映画「プライドと偏見」に関して不満な点:ジェントリー家であるベネット家が必要以上に庶民的に描かれている

私がキーラ・ナイトレイの出演する2005年映画に納得いかないのは、単に「2時間程度の映画では色んなところが端折られている」というだけではない。

まず、キーラ・ナイトレイ扮するエリザベスの家であるベネット家は上述の通り、下の方とはいえジェントリー階級なのだが、この映画ではまるでアメリカの農場一家みたいに描写されている。

舞踏会でこそ、少しめかしているが、普段の姉妹たちはエリザベスを始め、上流の端くれ(時々、母親の出自などによって中流と蔑まれようとも)とは到底見えない、中流どころか労働者階級にも見えるような髪と服装をしている。

家も、もちろんダーシーの所有するペンバリーの城からすれば非常にこぢんまりしたものであっても、腐ってもジェントリーの家はあんな風ではないと思う。

1940年版の映画が、これもまた英国の時代背景に沿っていないのは(こちらはむしろ普段着などが時代を無視して豪華過ぎだったりする)、観客がアメリカ人が主体のハリウッド映画だったから、とも言えるし、いくらアメリカがイングランドからの移民が実権を握って行って栄えた国とはいえ、20世紀の移民はもっとイタリアなど他の地域からの移民が多くなっていて、いわゆるWASPのようなアメリカ人にとって、イングランドは遠い先祖の国という感覚になっていたと思う。

だから一応設定はイングランドにはなっていたが、ジェントリーとか貴族との繋がりやら、土地を所有することの意味などが省かれていて、最後の方でまだベネット氏が存命なのに引っ越そうとしているところなど、ジェントリーというものを理解していない設定である。「アメリカの富裕層が好きなところに引っ越す」かのように描かれているが、これは1940年という時代において、多くのアメリカ人観客が当時から130〜140年も前のイングランドのそのような社会構成を理解していない(テレビで英国ドラマを見るわけでもなく、簡単に行き来ができるわけでもなく、誰もが英文学に親しんでいるわけでもない)ことを前提としてアメリカ人にわかりやすいように作り替えられたと言えるだろう。

しかし、2005年の「プライドと偏見」は監督も脚本家も英国人なので、これは少し疑問に思わざるをえなかった。

これに比べると、95年のBBCドラマは娘たちは華美ではないとはいえ、きちんと当時流行していたハイウェストのドレスを普段から着ていて、朝起きればメイドに髪をセットしてもらい、ベネット氏の書斎や居間にも中国の調度品(中国、時には日本などの家具や壺などを持つことは18世紀以来、ヨーロッパの上流階級の証みたいなものだった)がところどころに置いてあった。

原作でデ・バーグ夫人に詰め寄られた時にエリザベスが放った

“He is a gentleman; I am a gentleman’s daughter; so far we are equal.”
彼は(身分上の)紳士、私は(身分上の)紳士の娘、つまり我々は同等です

はBBCドラマではきちんと決定的な場面として再現されてるのだが、「プライドと偏見」でこの台詞は出てこない。

エリザベスが”You have insulted me in every possible way(あなたはあらゆる意味で私を侮辱しました)”と傷ついたように言ったのみである。

こうした描き方では、「プライドと偏見」しか見ていない人は、ダーシーとエリザベスの結婚は身分違いのタブーを侵した非常にロマンチックなものだった…と誤解しただろうと思う。

もちろん玉の輿には間違いないし、双方の母親が一方は貴族、一方は弁護士の娘(中流)であるから大きな差があるとはいえ、当時は身分は父親の身分によって定義されるものであり、その上で原作とBBCドラマでエリザベスが言ったように、あくまでダーシーとエリザベスの結婚は同等であり、そこまで飛び抜けたものでもないのである。

デ・バーグ夫人が見下す理由はあくまで妹の行為による酷い評判であったり、ベネット家の相続が限嗣相続といって娘にいかないので結婚相手にとってメリットがないこと、持参金が低そうであること、そして母親とその親族が中流、ということである。

だからこそ、ダーシーのベネット家を見下したような態度は「高慢」であったし(これで本当にベネット家が紛れもない中流であれば、当然のこととして特別高慢ではなかったはずである)、エリザベスもそこまでへりくだった態度を取らずにいたのである。

映画「プライドと偏見」に関して不満な点:エリザベス役のキーラ・ナイトレイと姉ジェーン役のロザムンド・パイクがミスキャスト

最初に言っておくと、私は二人とも勿論実力ある女優だと思っている。そしてこの映画も、単純にジェーン・オースティンの原作に基づきながら映画として独立した作品としてみるなら、特にキーラ・ナイトレイの演じるエリザベスも十分魅力的だったと思う。(正直言って、ロザムンド・パイクのジェーンについてはこれといった印象がない)

しかしながら、やはり原作、そしてBBC版ドラマを繰り返し見た後であの映画を見ると、二人の配役には非常に違和感があった。

まず、この話のキモは

美人な姉に比べると容姿が見劣りする主人公が、姉より更にすごい玉の輿に

ってところである。

BBC版の高慢と偏見では、これは完全にはまっていたと思う。ジェーン役のスザンナ・ハーカーはパッとする女優ではないし、派手な美人でも全くないのだけど、この時代の肖像画から抜け出てきたような、控えめな田舎の良家の美人というのにぴったりな雰囲気を持った人だった。

そしてエリザベス役のジェニファー・イーリー、この人は現代人として出ているのを見ると、それなりに美人なのだけど、この時期に太っていたのか?髪型も合わないのか?そしてハイウェストのドレスのせいもあるのか、顔が大きいのが強調されてしまって、正直かなりもさっとしてるのだ。

ちなみにイングランドにも住んだことある経験から言うと、西洋人があまり顔の大きさ自体を美醜の判断基準に考えていないのは確かである。顔が小さい方が美人、という発想自体は彼らにはない。(ただ太って肉がついた顔が嫌だ、というのは時々見られるけれど、骨格自体によるものは気にしていないよう)

だから日本人の目には更に「(他の出演女優と比べて)顔が大きい…」と気になってしまうのだと思うけど、原作の

ジェーンの半分も美しくはないけれど(母親の弁)

という姉妹の容姿格差を体現するキャスティングだと思う。

ロザムンド・パイクもゴーン・ガールなどでは彼女の美しさを遺憾無く発揮していたのだけれど、「プライドと偏見」ではこの時代のジェントリーの娘としての美しさ…ではなかったような気がする。

そしてキーラが非常に派手な美人であるので、どうしても「地域で一番とも言われる美しいジェーン、そこそこ美人だけど姉ほどではない(姉が美人なのでおまけのように美人と言われている)」という対比がずれてしまっている。

また、当時の二十歳くらいの女性は現在の三十歳くらいの落ち着きはあったはずで、さらに物語で描写される知的なエリザベスのキャラに、当時のキーラ・ナイトレイのようなはじけるようなあどけなさもちょっと違う気がしてしまった。

そういうわけで、原作を実写として再現してほしい…という観点からするとBBCドラマ(95)が絶対的なのだが、繰り返すけれども映画の方も原作に忠実というのを外せば、それはそれとして素敵な映画ではある。特にイングランドの地方の自然の美しさの描写では圧倒的に素晴らしい。

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30代からヨーロッパの某2カ国で生活したりもしてましたが、四十路を越えて帰国。今は老親との3人暮らし。フリーランス。

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