飯塚事件への考察(3) 「〜だから怪しい」レベルの話。

私は別にこの事件を担当した警察や検察、裁判官やら目撃者やらに関係するわけではない。

そして私のTwitter見てもらうとわかってもらえると思うが、基本的には権力を疑い、批判してる側の人間である。

私自身も、この事件を取り上げるテレビ番組を見た時には

冤罪かもしれないのに死刑が執行された?!そんなことは許されない!

と義憤に駆られ、それで調べ出したのである。

ちなみに私は和歌山カレー事件も冤罪の「可能性がある」と思っているし、懲役の量刑の事件も含めれば恵庭OL殺人事件も「受刑者は状況証拠がありすぎて関わりないとは思えないけど別に主犯がいた可能性があった」と思っていて、何がなんでも印象だけで怪しいと決めつけるタイプではないつもりだ。

「疑わしきは被告人の利益に」は確かに法治国家の原則であるとも思っている。

だから私は、この飯塚事件は死刑執行されてしまった久間が犯人だった、と判決文を読みまくった今は考えているけれど、それでも実証されたものは状況証拠のみであり、執行されるべきではなかった、と思っている。

むしろ新たな証拠が採取(技術の進歩により)はできなかったか?と考える。

この事件が別に精度の低いDNA型鑑定や目撃証言のみで判断されたものではないことは最初の記事でがっつり触れた。

飯塚事件への考察。冤罪派の印象操作
冤罪だったのではないかとよくメディアにも取り上げられる飯塚事件。その理由は、最終的にDNA型鑑定のミスが指摘され、無罪になった足利事件と同じMCT-118型のDNA型鑑定が犯人が残した血液の鑑定に使われていたからである。この事件を扱うテレビ番組のほとんどは冤罪を確信させるような扱い方だが、判決文を読むと…

今回は、そういった裁判上での議論のレベルではなくて、「〜だから怪しい」というレベルのことを書く。

なぜなら冤罪派の方でそういうレベルのことを色々書いてる人がいるからである。

あくまで「これは単なる私の個人的な印象の話」であることは念頭において欲しい。

何しろ念入りに水洗いした車両シートから出た血痕と被害女児のDNA型が一致してしまっている

これだけでもう、正直冤罪の可能性が感じられなくなった。この鑑定の信頼性は高い。

この事件は「DNA型鑑定の精度が足利事件と同じで低い」というところから冤罪、冤罪、と言われているので、既に最初の記事でガッツリその件に関しては書いているのだが、それは

犯人の血液(被害者の体内と綿花から)と被告のDNA型鑑定(MCT-118型鑑定)の話

であり、被害女児のDNA型鑑定の話ではない。

被告が当該車両を中古車屋に売却した時に

シートを車体から外して念入りに水洗いしているため、血液の分解が進み、押収当時の鑑定技術ではDNA型の鑑定は不可能

であった。それこそMCT-118型での鑑定が不可能だったのである。

しかし後になって、シートの中のスポンジの接触側に残っていた血痕から

TH01型という新しいDNA型の鑑定により、鼻血を流していた女児と一致

したのである。このTH01型の精度に関しては弁護団もケチをつけていない。代わりに「後から血痕があったと言い出すとは怪しい、捏造だ」と言ってるのだが、これは被害女児の衣服から発見された繊維と車両シートの繊維鑑定を依頼していた東レに預けていたものであり、

鑑定が終わっていることからシートを返却してほしいと出向いた警察に、東レの応接室で渡す際に東レの鑑定人が血痕は当初からあったと確認しながら証言している

のだから、弁護団がいうような警察の捏造であることは非常に考えにくい。

ただ、車両のシートから被害女児1人の血痕が出たというのは強い情況証拠、間接証拠でしかないんである。というのも被害者の遺体から発見された犯人のDNA、というのとは異なり、女児がその車両に乗ったことがある、そして流血もした、ということまでしか証明できないからである。殺害時に流した血なのかまでは決定的な証拠とは言えない。

でも、ここまできちんと読んだ皆さんのほとんどは、普通にこれは冤罪ではないと思うのではないだろうか?私もそうである。テレビやジャーナリストは警察の捏造であるかのように伝え、東レ証言のことは触れないのだが。

そんなに陰茎から出血するという症状はよくあることなのだろうか?

結局、被害女児の膣内、及び周辺を拭った綿花から採取された被害女児の血液に混じって確認された犯人の血液のDNA型鑑定は精度が低く、決定的な証拠となり得なかったのは最初の記事で書いた通りである。(1999年の地裁の判決文で明確に証拠として不十分である旨が書かれているのに、あたかも足利事件のようにそれのみを根拠として有罪となったと喧伝されているのである)

この事件の特徴の一つは

性的暴行の跡が認められるのに、犯人の精液は発見されずに血液が発見された

ということである。

被害女児の処女膜は断裂しており、陰茎が入れられたことは推認できる。にもかかわらず精液が一切見つからないというのは特異なケースであると思う。

これは性的に詳細な描写となるためなのか、テレビ番組では触れられていない。

私は女性なのでそういう出血する症状が男性にどれほどあるものなのかよくわからないのだが、少なくとも一般的な症状ではないらしい。

仮に一定の割合の人がかかるものなのだとしても、それが事件当日にも罹患しているとなると多くはないだろうと思う。

そして被告は亀頭包皮炎という症状で事件の3ヶ月前に受診しているという医師の証言はあるし、強い皮膚病用の薬を何度も買い求めているという薬局の証言もあり、

何より、当初は被告自身が自分はそういう病気だ(痛いので性欲がない)と積極的に言っていた

のである。自分がこういう性犯罪の末の殺害をしない理由として語っていた。

しかし被害者の局部から被害者の血液に混じった犯人の血液も発見されたと告げられてから一転、「もう完治していた」と供述を変えたのである。

私は男性ではないのでわかりづらいが、普通に考えて痛ければ精液が出ることもなく、女児たちが陵辱されているのに精液が見つからないという特異な状況の説明になるのかな、と思う。そしてその代わりに血液なのである。

もちろん当時略取地点にアクセスできる人間の中でこういう症状を持つ人は1人ではないかもしれないからMCA-118型のDNA型鑑定の結果と同じく確定要素にはなりえないが…(だから、怪しい、レベルの話)。

小1の女児を2人も同時に連れ去ることができるのは「知らない人」ではありえないこと

私はこの女児たちよりだいぶ年上なのだが(昭和終盤の小学生!)、私の時代でも子供はかなり誘拐犯というものを意識して「知らない人」を警戒していたと思う。

今でも覚えているのだが、一年生の時に子供同士で子供の足で徒歩15分ほどのところの公園にお弁当を持って出かけた(ここらへんは昭和だな…)時に、芝生で食べていたら側でやはりお弁当を食べていた人たちが飴をくれようとした。

それでも私も友人も頑なに断った。その人たちは苦笑しながらも「えらいね、知らない人には注意しなきゃね」と言ってたのを覚えている。

Twitterで、「親が病院に運ばれた、とでも言って車に乗せたんじゃないか」と書いてた人がいるが、それでは1人ならともかく、別々の家の子供2人を同時に乗せることはできない。2人は姉妹でもないし従姉妹でもなかった。よその家の親や家族が病院だからといって一緒になって学校を休んで行くのは不自然だ。

それなりに車通りがあったところで、子供たちが連れ去られる瞬間を目撃されていないのだから、これは声をかけられて2人が素直に乗り込んだという状況しか考えられない。とすると、

犯人は2人にとって警戒しない相手

だったということになる。

そして久間は、仕事をしていないので我が子だけではなく子供達の遊びに参加したり、家の前にザリガニを置いて子供たちの気をひいたりする、近隣の子供たちにとって親しみある存在だったらしい。

そこを考えると、私も昔、そういう「〜ちゃんのおじさん」っていたな、と思い出した。仕事はされてたが、自営業なので家の横を作業場にされていて、時々自分の娘と一緒によその子も入れて遊んでくれたのだ。よく家の前でめんことかの懐かしい遊びをさせてくれたり、たまに家の中に入れてくれて人生ゲームなんかもしていたと思う。そのおじさんは全くのいい人だから(多分…)、なぞらえるのは申し訳ないのだが、もしあのおじさんが「乗ってくか」と車から声をかけてきたら普通に乗ってしまっただろう。

もちろん子供たちにとって、久間だけがそういう存在だったわけではないかもしれないが、小1の子供の顔見知りの範囲などたかが知れているから一応警察も「2人が警戒しない相手」というのはあたっていると思うのである。

他に弁護団が「新たな目撃証言」として出している「白い車を運転していた云々」の人相の男が具体的に誰とも出ないのだとしたら、それは見知らぬ相手ということになる。小1が密かに親も他の友人も把握しないよその土地の知り合いができていたとは考えにくい。

繰り返すが、小1の子が2人揃って見知らぬ人間の車に乗り込むことは考えにくいと思う。まして1人の子はご両親が教員だし、普段から警戒心は持たされていたのではないかと推測する。

もし犯人が運転席から降りて嫌がる子供たちを無理に乗せてたら、目撃証言はあったはず

だと思う。おそらくかなり短時間に、犯人が運転席に座ったままの状態で女児たちが後ろのドアから乗り込んだ状況だったと推測されるのだ。

とはいっても、これも「久間が犯人でありえる」ということに過ぎないので、もちろん特定できるほどではない(他にもそういう子供たちが信頼してしまった人がいたのかもしれないから)。

それにしてもこの事件は判決文を読んでいると、ほとんど間違いはない、と思えるのだけど情況証拠に過ぎないので100%の確信が持てないというのはスッキリしないところではある。たとえわずかな可能性でも冤罪の疑いがあれば、やはり執行は保留にし、更に証拠を発見すべきであった。

この事件、カテゴリーにしてもっと続けるかも…

飯塚事件への考察。冤罪派の印象操作
冤罪だったのではないかとよくメディアにも取り上げられる飯塚事件。その理由は、最終的にDNA型鑑定のミスが指摘され、無罪になった足利事件と同じMCT-118型のDNA型鑑定が犯人が残した血液の鑑定に使われていたからである。この事件を扱うテレビ番組のほとんどは冤罪を確信させるような扱い方だが、判決文を読むと…
飯塚事件への考察(2)八丁峠の目撃証言は極めて自然であると考える
冤罪が広く信じられている1992年の飯塚事件(小1女児2名殺害事件)。DNA型鑑定が決め手となって死刑判決が出たわけではないことは前回くどくどと述べたが、それと同じくらいテレビ報道で歪曲されているのが遺留品遺棄現場にいた車と人を見かけた目撃証言についてである。目撃者の名誉回復に役立ちたい。

ちなみに筆者はこのようなkindle本を出してます

コメント

  1. ツジタ ヒトシ より:

    ①足利事件のDNA鑑定は、「ミス」ではなく、「間違い」だったと、ある週刊誌の特集で読んだことがります、日々進歩する技術に適応できる技官ばかりではないでしょうし、熟練期間も必要。
    科捜研や科警研の技官が「未熟」なのは、血痕を丁寧に2回も探したがない、とか、東レにうっかりと
    DNA鑑定で出した試料に残っていたとか。血痕はルミノールを使って「徹底的に探した」とか。
    ②被害者血液に混じった血液、なんぞ試験できるのか?血液は「液体」なんだから、一旦混じればもうどうしようもないと思う。
    ③シートを水洗したのは警察はいつごろと推定あるいは確認したのか?血液、尿の付着→水洗→押収、試料採取までの各期間は?
    ④水洗は水道水直の方が試料が壊れにくいでしょう。井戸水や、ましてはため池の水を使うと、すぐに腐敗分解する。微生物の遺伝子の分離も加わる。
    ⑤「精度の低いDNA型鑑定」は、よく文系の人が使う言葉。「正確性」「再現性」「分解能」などを総合した用語。技術の進歩でどこが改善されたのか、という内容に触れられていない。特に「正確性」については、試料を精製分離する技術に相当するが、こういうものは進歩しがたい。裁判でもこのあたりが理解されていない判決文章を書かれたのなら、中身の理解はできていない。理解できたのは「科警研」「最新型」で重さをはかった。これは血痕をみすみす見つけられないまま東レに渡ったことからも、科捜研科警研とも、探しているはずのものが見つけられなかった程度の専門技官。技量や注意力に疑念が持たれる。
    ⑥被害女児は二人とも犯され?、血液の検出はどうだったんだろう?非破壊で女児の血液と他者の血液とを区別した?
    ⑦弱い皮膚が力がかかると破れてしまう?そういう状況下で2人目を狙う?被告の着衣から被害女児の血液は見つけられなかったのかな?犯行場所は?車内?別の場所?
    ⑧小学校1年生か。あたし程度の運動能力でも、隙を見つけたら1秒で二人を捕まえて車内に放り込めると思う。
    ⑨一人は体調不良で大きく遅刻を理解していた登校行動。誰かが車で送ってくれるという申し出があればついて来る1年生はかなりいるのでは?
    ⑩私の住む近所で最近あった小学生低学年女児へのわいせつ行為の犯人は中学生。警察に言わせると「よくある事件」。警察がそう答えたのは、犯人を認識できないと、次の被害者になるかもしれない近所の人が「用心できない」から、誰なんだ?と問い合わせた返事。まあ、「怪しい人」というものは昔から中年の男性と決まっている。
    ⑪職業的に性犯罪まがいが多いのは警察官。派出所内で不倫をするというニュースは毎月のように発覚する。その点では、容疑者夫婦は公務員ですね。
    ⑫下校時により道をする経験はあたしにもありますが、登校時はないな。

    • みずたま。 より:

      YouTubeでちゃんと返事してるんですけど、読んでもらえてます?

      1)あなたにとってのミスと間違いの定義が違うのでしょうけど、まあいいです。この間違いは123ラダーマーカーを用いたことにより起こったことです。
      メモリが大きすぎるため近似のものがまとめられてしまったということです。ですから当初考えられた0.12%程度の出現率、というほどの分類はできておらず、
      3.5%程度も出現するほどの、Rh型と大差ないような鑑定に過ぎなかったということです。ですから証拠能力は単体として低いものでした。
      そして他にも証拠はなかったにも関わらず、当時警察も検察もこのMCT118型を過信し、逮捕に踏み切りました(飯塚は地検の判断でこの鑑定が出ても逮捕していません)
      管家さんの場合は、自白してしまっていて、接見した弁護士にも否認しなかったため、そのまま裁判が進んでいきました。
      管家さんは境界知能(公立小中の普通学級に1割ほど見られる普通の範囲の人)の人に度々見られる、迎合してしまう性質があったのですが、当時はそういうことも理解されていなかったため、
      自白の信用性も過大評価されてしまったのが不幸の元でした。

      2)むしろそれについて言っています。弁護団は「100回は鑑定できる試料だったのに科警研が使い切ったのはおかしい」と主張しています。私の知人の医師(大学で検査関連の科目も教えている)はそれはありえないと言っていました。
      ただしよりわける方法はあるそうですよ。ただ、それでMCT118の時代に複数回も鑑定するのは殆ど難しいだろうと言っていました。

      3)シートの水洗いは本人も供述しているそうですよ。判決文から時期はわかりませんが、本人は「警察に証拠を捏造されないため、しっかり掃除してから手放そうと思った(掃除したのだから、あとから被害者の髪の毛でも置かれても違うと否定できる)」と主張していました。ちなみに当時の朝日新聞を読んでいても一般の人の間でDNAの具体的な知識は低いことが窺われ、試料の例としてやたら髪の毛が出てきます。

      4)完全には壊れていなかったため、PM法で5種類中3種類の反応が出ています。(但し科警研は色がはっきり出たGc型のみ認定)

      5)他の事件を見ても、警察は現場から全ての血痕を回収していません。これもYouTubeで回答していますよ。
      おそらく当時の基準で「鑑定が可能」と思ったものだけ科警研の技官が持ち帰ったのではないですか?そして車両は福岡科捜研が保持していたと思いますよ。
      その後、福岡科捜研の中で法医から化学班に管理が変わり、繊維鑑定に注力して東レに送ったんだと思いますよ。
      まあ、そのへんはいかにも役所的に縦割りなんでしょうけどね。

      6)2人とも出血していました。また女児たちの血液が混合していることからも、2人は同時に加害されたとされています。
      そのことからも弁護団が担いでいる目撃者「1人だけ生きている女の子を見た」というのも否定できます

      7)被告の着衣から見つからなかったかって…任意の最初の取り調べが5日後ですし、礼状がなければ家宅捜索はできません。

      8)あの三叉路の動画見てくださったんですよね?住宅街の中の狭い道です。1年生は驚いたら大きな声を出せますよ。
      Wさん、xさん、そのいとこの方がすぐ角を曲がったところで車を降りた状態でいました。また道の脇にも民家がありました。
      状況的に、2人が警戒せずに乗り込んだ相手ということが推測できます。

      9)1人ならまだわかります。2人とも普段から「知らない人についていってはいけない」と教え込まれていて、ついていくことはないと親御さんは証言していました。
      1人なら優しそうな雰囲気に気圧されるなどがありますが、2人だと「だめだよ、知らない人についていったらいけないって」って話になりますよ。

      10)中学生が猥褻することももちろんありますが、こういう中高年の男が幼女に性的な衝動を持つケースももちろん多くあります。中には実の孫に手を出す鬼畜がいますからね。

      11)いや、だからあなたの警察への不信はわかりました。あのですね、海外で結構おかしなことしてる日本人いるんですよ。一番最悪なのはパリ人肉事件ですとかね。それで日本人十把ひとからげにされたら私は嫌ですね。

      12)2人は単にグズグズ歩いていただけです。

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