飯塚事件の考察(9) 足利事件の管家さん、「同じDNA型鑑定」ではないですよ

このシリーズはいつまで続くんだろうと思いつつ、調べるほどに

いや、どこが冤罪なんだか

の思いが強くなるばかりである。

その反対に、警察の普通の捜査を怪しいものに仕立て上げて、今や多くの人が冤罪と思わされてる、その弁護団の手腕にも感心している。

感心はするのだけど、わずか7歳にして亡くなられた被害者たちや、そのご遺族のことを考えると憤りを感じずにはいられない。ただそれが彼らの仕事なのだから仕方がないとは思う。頭にくるのは、彼らの華麗なPRに乗せられて、公正な気持ちで判決文から情報を整理することもなく、正義を追求するかのように冤罪だ冤罪だと言ってる人たちである。

冤罪の可能性があると言うのはいいと思う。確かに0%ではないと思うから。元死刑囚の遺族が再審請求をする権利もある。

しかし冤罪の可能性が「高い」などと世間に向かって印象操作していくのは許し難いと思う。

判決文を読み比べればわかるが、足利事件は本当に酷いと思う。まず、犯行に至った経緯として被害女児と会い、連れ去ったという状況が細かく書かれているが、これは被告の当初の自白にも基づいてるとはいえ、なんの客観的事実にも基づかないただのストーリーである。被告の生育歴や職歴、結婚に至らなかった経緯や、性的な嗜好などが述べられた挙句、MCT-118型のDNA型鑑定が開発された経緯と然るに信頼できるという所見が書かれ、そして自白が長く維持されていた、などということが書かれている。

今は全文が削除されているのか判決文のデータベースから見つからない(再審棄却は見つかる)のだが、こちらで抜粋が読める。

朝日大学機関リポジトリ
CMS,Netcommons,Maple

DNA型鑑定が開発された経緯などは、要するに文系(多くは法学部出身でしょうからね…私もド文系だからあまり言えない)だからそうとでも書いて、鑑定結果を信用すると言うしかないのではないかと思える。

抜粋とは比較できないと言われるかもしれないけど、飯塚事件の判決文を読むと、比較にならないくらい全方位的に綿密に検討されていると感じる。余計なこと、つまり被告の詳細な経歴や犯行時のストーリーなどは書かれておらず、ただただ証拠とその検証、弁護士の主張などを検討したことが詳細に綴られている。

福岡地方裁判所平6 (わ) 第1050号、平6 (わ) 第1157号 - Wikisource

そもそも、

足利事件ではDNA型鑑定(MCT118型)が有罪の根拠の1番の柱となっているが、飯塚事件ではそうではない

というのは既に書いた。

飯塚事件への考察。冤罪派の印象操作
冤罪だったのではないかとよくメディアにも取り上げられる飯塚事件。その理由は、最終的にDNA型鑑定のミスが指摘され、無罪になった足利事件と同じMCT-118型のDNA型鑑定が犯人が残した血液の鑑定に使われていたからである。この事件を扱うテレビ番組のほとんどは冤罪を確信させるような扱い方だが、判決文を読むと…

再審棄却でもさんざん書かれてるように、他の情況証拠が沢山あっての有罪判決であり、DNA(MCT118)と自白のみで有罪にしている足利とは全然違う。

しかし、それでも敢えて、このMCT118型DNA型鑑定が用いられた足利事件と飯塚事件の鑑定について非常に重要な違いがあるので述べたいと思う。

足利は「精液」、飯塚は「血液」。医師に質問してわかった大きな違い

私は当初より、ここが大きな疑問だった。

飯塚事件を調べ始めて、まず私が疑問に思ったのは足利事件と鑑定方法が同じ同じと言うけれど、

精液と血液ってDNA型鑑定のサンプルとして同じように扱えるの?

ってことだった。これについて、日本語でも英語でも検索してみようにも、文系の私の発想では検索ワードが適切でないのかさっぱり知りたい情報に出会えない。

そこで医師の知人に連絡を取って訊いてみることにした。そんなの専門外だと怒られるかなと恐る恐る訊いてみたら、なんと現在は医学部で「臨床検査」の科目を教えているということで、DNA型鑑定は専門ではないとしつつも、詳しく教えてもらって超ラッキーだったのである。

精液と血液はどちらがDNAを含んでいるのか?

知人の医師さまのご回答。

血液には大量の赤血球 red blood cell, RBC が存在しますが、脱核しているので RBC には DNAは基本的にはあまりありません。多くは白血球 white blood cell 由来のものです。 対して、精液には多くの精子と白血球がありますが、いずれも DNAがあります

つまり、精液に比べると血液からはあまりDNAが出ないという話。

道理で、科警研が使った残りを第三者(帝京大)が鑑定して、犯人由来のDNAが鑑定できるほど検出できないわけである。

ちなみに冤罪派の人は、ここを「第三者の鑑定では被告のDNAと一致しなかった」と誤解釈してる人が多いが、それも華麗なミスリードが上手くいっているというしかない。

科警研と帝京大(第三者)で試料を使い切った事情

*追記:最初ここの見出しを「科警研で試料を使い切った事情」と書いたのだけど、考えてみれば使い切ったのは第三者機関となる帝京大ということになる。ただし帝京大は鑑定に必要な量のDNAを検出できなかった(科警研で必要量のDNAを抽出した結果)ので上記の表現に変えることにした。

ここを疑問に思っている人が多いのだけれど、まず、上記の通り飯塚事件は血液なので、足利事件のように何度も鑑定できるほど検体にDNAが含まれてなかったのは容易に想像できる。

科警研が最初に鑑定するのだから、科警研が必要な分を採ってしまったら、後の鑑定者に行き渡らないのは仕方がないのではないか。公平に分けっこしましょうというほど簡単とは思えない…公平に分けたらいずれの鑑定も実現しなかったのではないかと思う。

知人の医師さまに、この飯塚事件の試料が、被害女児の血液に混じった状態で見つかった血液だと説明すると

MCT118 による鑑定は STRを検出する方法なので、血液が加害者と被害者が混じっているとやや判定は難しくなると思いますよ。

とのことだった。*STR=Short Tandem Repeat/縦列型反復配列

さらに被告が当時、亀頭包皮炎を患っていた可能性が高いから、それによる出血と見られていると説明すると

女児のDNAと混ざって、まともな検体じゃなさそうですね。

なるほど。亀頭包皮炎程度の出血量で何度もDNA鑑定はできないと思いますよ。一回できただけでも拍手レベル

*ここのDNA鑑定はMCT118を指していると思う。

素人が考えても、足利事件で再鑑定が実現し、飯塚で残らなかったのは理解できる

MCT118型というのは日本では初期のDNA型鑑定方法である。

1992年当時はたとえ数百人に1人程度の出現率で、試料の条件的に制限があるものだとしても、最先端の科学捜査方法だったに違いない。

科警研や法医学研究室の方々がどう予測できるのかわからないが、まさか数年で飛躍的に精度の高い鑑定方法が新たに生まれるとまではわからなかったとしても当然ではないだろうか?

再鑑定できるだけの試料をなぜ保存していなかったのか、という人が結構いるのだけど、

STR short tandem repeat の解析って、同じ繰り返し配列の長さをPCRで検出しているだけなんですけれど、劣化した検体でどこまで正確にでるんかな、という気はします。今は精度高くなっているので心配なさそうですけど。

というご意見からすると、使った試料を再利用できる日が来るという発想は1992年当時の科警研の人々になかったのでは?という気がする。

使った試料(残りではなく。上記のことを考えても残らなかったのではないかと考えられる)を再利用できるかについては

一度、DNA抽出したサンプルを別案件に使用する事はまれですが、DNA抽出した後に適切な保存液で冷凍保存されていれば、使用は可能です。

ということなので、当時から将来の進んだ鑑定方法に利用しようという発想で保存しておいてくれればと悔やまれる。

しかし、MCT118という言わば「第1世代」を使い始めたばかりの科警研の人々に、そんな発想などなくても当然である。

自分達の生活に置き換えてみてもそうである。私が1998年ごろ、初めてノートパソコンを買い、インターネットを使い始めた時、今の時代は全く想像もつかなかった。フランス語をあるテキストで勉強しているとフロッピーディスク(une disquette)とか出てきて笑える。

2000年にケーブルテレビでブロードバンド化したのだけれど、それまではいちいち電話線のところで切り替えて、パソコンでダイヤルアップしていた。98年当時は一般家庭で常時接続とは想像もつかなかった。

DNA型鑑定もそれに近い気がする。日本では数百人に1人も出現する程度のMCT118という技術がきて、数年で万分の1ほどにまで分けられる技術が入るとはちょっと想像もつかなかったのではないだろうか。しかしその後は、これまでの進化の程度から「もっと精度が高くなる、もっと微量の検体からも可能になる」と予測は容易になっていっただろう。

そう考えると、素人考えだけれども、本当は女児の爪の間などに現代の鑑定が可能な犯人の皮膚片もあったかもしれない(よく殺害される時に抵抗して引っ掻いて残る、とか聞くので)。

事件が数年後だったら、こういう無用な議論は生まれなかったのではないかと思えてならない。

車両シートから検出された血痕が94年に導入された鑑定法で女児1人のDNA型と一致した件

これは弁護団もかなり慌てたと思う。

久間の車両を押収した時、シートは久間によって水洗いされていたことがわかった。調べたところ相当量の尿痕(殺害時に女児たちが失禁していたことがわかっている)と血痕が認められたものの、水で分解が進み、当初は血液型がO型ということしかわからなかった。

しかし94年になって科捜研が新たなDNA型鑑定に使える検体はないかと車両のシートを見直した。

以下は福岡高裁からの抜粋である。

座席シート中の血痕付着部分と考えるところを切り取った際、先に繊維鑑定のために切り取って東レに送付していた部分の下に接する座席のスポンジ部分に、変色痕が認められたことから、翌日繊維鑑定の終了を理由にそのシート部分の返却を東レから受けた際、その裏側に2か所染みのあることが判明し、それが当初から付着していたことが東レの鑑定人によって確認され、さらに、座席シートをはがして調べてみると、シートの裏にはほかにも染み状になった部分があり、これらのうちいくつかは血液反応を示した。そこで、座席シートから新たに発見した血痕様部分と東レに繊維鑑定に出していた部分につき科警研に血液型及びDNA型の鑑定を依頼したところ、東レに繊維鑑定に出していた部分の裏2か所のものにつき、血液型がO型であることが検出され、MCT118型、HLADQα型については検出できなかったが、DNAの分解が進んでいることが考えられたので、塩基数の少ない部位に関し新たに開発されたものを含む他のDNA型検査法(TH01型、PM検査法)を試みたところ、そのうちの1か所から、Gc型についてCのホモ(v証言、原審第5回388項、その出現率は、当審弁43号証によると、約16人に1人と認められる。)であることが検出された。他方、同時に、保存されていたA田及びB山の毛髪を使用して同様の検査を施したところ、MCT118型は検出できなかったが、HLADQα型、TH01及びPM法ではすべての型を検出することができ、その結果、A田のDNA型はGc型についてはCのホモであり、上記座席シートから検出されたものと同一の型であることが判明した。

弁護団も驚いたのだろうと思うけど、認めるわけにはいかないので、

後になって血液反応が出たとは怪しいので、それは警察か検察の捏造だ

という苦肉の策で抗弁している。

そんなわけがないことは上に赤字にしたように、東レが当初から付着していた血痕だと保証しているのだから勿論通用しない。困ったら「証拠の捏造」というだけじゃね…

水で分解された血痕がまさかすぐに新たな方法(TH01/PM法)で鑑定できるとは思わず、警察はそこからの特定を諦め、シートの繊維と女児の衣服に多数付着していた繊維の鑑定に注力し、そのシートの織布(マツダボンゴの上位種、ウェストコーストの1982~83年式に使われた)を東レに渡していたのである。

ちなみに尿からのDNA型鑑定は現代の技術をもってしてもかなり難しいらしい。

 

そもそも足利事件では精液、飯塚事件では血液、というのは性的な話になってくるからか、テレビ番組などでは殆ど触れられない。MCT-118型鑑定という鑑定方法が同じというだけで同じように括り、

足利事件は再鑑定できたのに飯塚はできないのは怪しい

という見せ方で、冤罪の印象を強める弁護団のやり方はまさに天晴れという他ない。

ちなみに私は基本やや左だし(欧帰りはそうなる人多いですよ…)、消極的に死刑廃止は支持ですよ(仮釈放なしの終身懲役刑導入しろ)。でもね、弁護団がってより、マスコミが極端に弁護団の主張だけ流してるのに立腹してるのですよ私は!

 

突然ですがこういうkindle本を出してるのでよろしく

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