【飯塚事件(1992)は冤罪か】自白しない事で無実だと感じる?

1992年に福岡県飯塚市の小1女児2人が誘拐され、翌日に車で40〜50分ほどいった八丁峠の山道の崖下10mから遺体となって発見された事件。女児たちは性的な暴行を受けた跡があった。

後に、近隣に住む50代の男、久間三千年(くま・みちとし)が逮捕された。自分の息子もこの小学校に通っており、被害女児たちとは顔見知りの関係であった。

事件から14年を経て2006年に死刑が確定し、その2年後に執行された。

この事件は未だに冤罪だったのではと囁かれ、そうだとすれば冤罪で死刑執行された戦後唯一の事件という事になる。(*戦前・戦中については不明かつ思想犯という現代の価値観に合わない犯罪も存在していたので)

この事件を冤罪だとするために、弁護団がテレビ番組などを巻き込んで展開しているのが「後に無罪になった足利事件と同じDNA型鑑定が行われていた」「(八丁峠の)目撃証言は警察の誘導だ」という2点なのだけど(実際は他に有力な証拠がいくつもあるのだが、そこはテレビ番組は触れない)、他に冤罪説を強力にしているのが

最後まで自白をしていない

という点であろうと思う。

無実の主張をとにかく受け入れる人々

私は結構最近まで、冤罪を強く信じている人々は、テレビ番組の演出などに影響されていて、判決文もきちんと読まず、弁護団の誘導する捉え方で見ているから、私がこのブログで書いていることや動画にしているようにDNA型鑑定の裁判における扱われ方や、目撃証言の妥当性を理解すれば見方が変わるのではないか?と思っていた。

しかし、複数の冤罪派の人々とやり取りをしていて、こういう人たちの盲目ぶりに正直驚いている。元死刑囚の親族なのではないかと思うくらいに、冤罪と信じて疑っていない様子なのである。だから弁護士さえも言わないような想像さえして冤罪性を主張してくる。

この事件に限らず、逮捕された人が無実を主張すると信じて支援者になる人たちがいる。もちろん私も冤罪性を感じれば応援したいと思うが、なぜ証拠を中立的に見る努力をすることもなく、弁護士の言う通りに信じきってしまうのだろうか。

ただ、私も気持ちはわからないでもないところはあって、やはり自白をしていないというのは気にはなる。それはやはり自分に置き換えて考えてしまうからだろうと思う。自分が無実なのに犯人に仕立てられたらどうしよう、というのは子供の頃からたまに考えることがあったから、本当にそういう境遇に陥っている人がいるなら協力したい気持ちにはなる。

しかし、忘れてはならないのは、被害者がいる限り、犯人は存在するのであって、それは誰かなのである。殺人事件、それもこの事件のように7歳の幼い子供たちが性目的で無残に殺されているとなれば、その犯人は残忍、卑劣極まる人間なのである。性善説は通用しない。私は性悪説というわけでもなくて、人の性質はそれぞれとしか言いようがないと思う。そしてごく稀に、このようなどうしようもない人間が紛れ込んでいるのだと思う。

そのようなことを決して犯さない多くの人々とは違う。

だから、「自分だったら、本当にやってたら自白する」と共感したところで、それが凶悪犯に当てはまるわけではないのである。

自白をしなかった人々

大体、自白に至る凶悪犯というのは、宅間守のようにはなから隠れようともしていないか、弁護士も無実の主張は無理だと宣告するほどの証拠が出ているか、もしくは積年の恨みでも晴らしたとか、つい勢いで家族を殺害したが被害者への思いがあった…などである。

宮崎勤は遺体を撮影したビデオという証拠があったし、奈良で小1女児を殺害した小林も、被害児の母親に携帯で写真を送っており、否認は不可能だった。

当初は逃げられないと感じて自白をした凶悪犯も、弁護士に接見して「証拠を否定できるかもしれない」と吹き込まれれば希望を感じて「自白は強要された」と否認を始めることが多い。

自白をしなかった凶悪犯はもちろん沢山いるのだが、何人か浮かぶ人がいる。

テッド・バンディ

日本に限らないとすればまず浮かぶのはテッド・バンディである。

この男は何十人もの女性を強姦し、殺害した。彼はテッド(これはセオドアの略称である)という自分の名前をそのまま名乗って女性に近づき、色んな口実で誘い出したり車に乗せて犯行に及んだ。中には命からがら逃げ出す事に成功した女性がいた。また大学の女子寮を襲い、次々と殺傷した時にも重傷を負いながら生還した女性がいた。

彼女たちは、テッド・バンディが自分を襲ったと指を差して証言し、また他にも色々証拠があったため、弁護士は無罪を目指さなかった。有罪を認めて司法取引で死刑を回避することを提案した。しかしテッド・バンディはそれほど逃れられない状況であるにもかかわらず、無実を主張して弁護士を解雇し、ロースクールの学生でもあった彼は自分で弁護を始めた。

彼は決して恵まれた生まれではなかったが、頭脳明晰で当時弁護士を目指してロースクールに在籍中で、風采も良く(日本人からするとそうでもないかもしれないが、当時のアメリカ人女性はああいう男臭いタイプを好む人が多かったのである)、またユーモアを交えて話をする社交的な人間で、当初家族だけではなく友人も皆彼がそんな犯行をしたとは信じず、援助していた。

彼には日本の感覚では内縁関係のようなガールフレンドがいて、その連れ子の娘も彼に自転車の乗り方を教わったり彼のことを慕っていた。このガールフレンドのリズは後に手記を公開し、時折疑うこともあったが、やはり彼の無実を信じてしまった経緯を書いている。

しかし裁判では有罪となり、死刑となったのだが、彼は上告を繰り返して執行を遅らせる事に成功した。

しかしフロリダ州(彼は複数の州をまたいで犯行を重ねたが最終的な犯行がフロリダだった)では死刑執行日が事前に告知されるらしく、この告知に際して、初めて彼は自白を始めた。もちろん悔悟の気持ちからではない。犯行の詳細を語る代わりに執行を延期させる取引を持ちかけたのである。彼は脱獄経験があり、何年か稼げば、また脱獄できると考えたのかもしれない。しかしそれは叶わず、電気椅子の露となった。

テッド・バンディ(字幕版)
何年もの間彼についての真実を信じることを拒否した彼の長年のガールフレンドであるリズの視点からのテッド・バンディの犯罪の記録。
テッド・バンディ ~連続殺人犯を愛した女
長年の沈黙を経て、テッド・バンディの恋人だったエリザベス・ケンドール、娘のモリー、そして他の生還者たちが初めて真実を語りだす。本作は女性の観点からバンディの犯罪を再検証するドキュメンタリー・シリーズ。最も悪名高い犯罪物語を通し、バンディの女性に対する病的なまでの憎悪が、1970年代の文化戦争や女性運動の台頭と、いかに激...

荒木虎美

いわゆる保険金殺人犯である。保険金殺人といえば三浦和義も浮かぶが、彼は日本では無罪になっていて、冤罪論者も多くて面倒なので、ここでは記さない。

荒木は計画的に子供のいる女性と再婚し、その妻と連れ子に多額の保険金をかけて車ごと埠頭から海に飛び込み、事故を装って自分は泳ぎ出た。

逮捕前から、この多額の保険金をかけていたことで疑惑の人物とされた荒木は、ワイドショーに出て

「運転していたのは妻、自分は助手席にいて、あやうく一緒に死ぬところだった」

と身の潔白を主張した。運転席に妻の靴、助手席に自分の靴を残して自分が運転していたのではない根拠にしていたが、妻の遺体の状態は助手席にいたことを示していた。

そして公判中に目撃者が、「知人と同じサニーに乗っていたので、知人がやってきたかと思い、信号で停止中の車に近づいたら運転席に座っていたのは知人と違う男だった(女性ではない)」と証言した。荒木はその証言者を恫喝したが、証言者も負けずに「運転席にいたのはあんただ!」とやり返した。

状況証拠しかなかったが、死刑判決となった。

彼は拘置所で獄死したが、ついに罪を認めることはなかった。

小野悦男

これは一旦自白をしているので例として適切ではないかもしれないが、一転して無実を主張し、逆転無罪となって釈放後に殺人事件を起こしているので記述しておきたい。

昭和43年から49年に起きた数々の女性の強姦殺人事件で疑われていたが、殆どが証拠不足で1件のみで起訴された。しかし二審で逆転無罪となり、釈放された。

釈放後は「でっちあげ」というタイトルの本を出したり冤罪の被害者として活動した。

しかし釈放後に1件の殺人、1件の女児殺人未遂事件を起こし、これらは有罪として無期懲役が確定し、現在も服役中である。

彼が平成になってそれらの事件を起こした時、昭和40年代の事件の方で弁護を担当した代理人の1人は、「実は(昭和の事件の)1審の時から小野の犯行であることはわかっていた」と告白した。この発言は弁護士会で問題視され、その弁護士は戒告処分を受けた。

しかしそのように依頼人の犯人性を承知していながらも、この弁護士は自白が強要されたものだと証拠としての信用性を崩し、無罪を勝ち取ったのである。上記の小野の書いた「でっちあげ」という本でも警察の捜査を批判する内容を寄稿している。

その昭和40年代の事件は無罪が確定していて、それどころか他に8件ほど彼ではないかと疑われる事件があるが起訴されず未解決として時効になってしまった。

小野は昭和の方の事件は全て関与を否認したままである。これらの事件の犯人であることがわかっていたら間違いなく死刑だっただろう。

冤罪論者からすると「平成の事件は犯人かもしれないが、昭和の方は冤罪だった」なのだが、後に心情を告白した弁護人の言う通り、ほぼ間違いなく犯人だっただろう。そして起訴されていない未解決事件も複数彼の犯行だっただろうと思う。

こういう事件を考えると私は制度がおかしいと感じる。一旦無罪となった刑事事件は二度と問われないという一事不再理の原則も納得がいかないし、時効など関係なく現在でも未解決の事件は当時は不可能だった科学捜査を駆使して犯人を特定してほしいと思う。

でっちあげ―首都圏連続女性殺人事件 (1979年)
でっちあげ―首都圏連続女性殺人事件 (1979年)

妻子への面目

飯塚事件に関して、奥さんの供述が当初と色々と変わって(アリバイや車両シートの尿痕、血痕に関して)被告に不利なことを言わないようになったので、わかっていて協力するようになったと考える人もいるけれど、BSの番組を見た印象では、私はやはり彼女は無実を信じているのではないかと思う。

テッド・バンディの恋人のリズは、時々彼のおかしな面を見たことがあったのだが、とろけるような甘い言葉で手紙を書いてきたり、自分の連れ子にも優しかった思い出などから、長らく現実を直視できなかった。

バンディは風采も良くて、弁護士の卵で、美しい恋人もいて、事実被害女性の中には彼に魅力を感じてついていった人もいる、そんな男が何故強姦殺人を犯すのかと考える。強姦殺人などは、女性とうまく付き合えない男が女性嫌悪を募らせた挙句起こすのではないかと、普通の人はイメージする。

被害者の中には少女も多く含まれていて、リズはそんな残虐なことをする犯人と、血のつながらない自分の子供に優しく、子供の方も懐いていた彼が同一視できなかった。

久間の奥さんも、子煩悩だった夫が我が子より幼い子供にそんなことするなど信じることができないのは当然だと思う。

私も久間は妻子に対しての思いは人並みにあったんだろうと思う。特に子供に対しては当時の日本の父親の平均以上に思っていたのかもしれない。

久間が逮捕前に自分に嫌疑がかかっていることで取材に来たマスコミに「子供のいる親として、こんなことすると思われたことは決着つけたい」というようなことを語っていた。

冤罪派の人は「自分も子供がいる身なのに、そんなことをするわけがない」と受け取っていると思うが、私はこれは彼の本音が少し漏れていると感じた。つまり、子供がいるような自分が、よその子供を手にかけて性暴行したなど、認めるわけにはいかないという気持ちである。そして我が子に父親がそのような人間であるという過酷な事実を負わせたくはないという親としての気持ちを感じる。

BSの番組によれば、逮捕して取り調べを続けていて、雑談には応じるが肝心なことになるとダンマリが続いた。しかししばらく経って、「妻子を(妻の親族のいる)横浜へやってほしい」と言い、刑事は「これは自供するな」と思ったという。妻子が被害者たちと同じ地元にいるままでは自供できないと考えたのだろう。子供が妻の苗字に変更し、遠く離れた横浜に転校させれば、そのような犯人の子供と知られず、幼い子供本人もしばらくは気づかず、影響が少なくて済む。

そうした刑事の思惑は通じず、奥さんは「なぜ私も、主人も離婚など考えてないのに刑事がそんなことを言うのか」と不審に思い、接見して「私は離婚するつもりはないけど、お父さんそんなこと言ったの?」と問うたと言う。

その後、久間は一変して、完全に否認する態度になったと言う。

私はこのエピソードは各人の思いがバラバラに交錯したシーンだと思う。

奥さんは、これを「私が離婚して子供と横浜に行けば、もう私たちも見放したよ、と持っていけると思ったのか」と解釈していたが、一般に凶悪犯、それも幼女への性的な目的の殺害をした人間の家族として地元で生きることの過酷さを思って、離婚をするのかと問うのは余計なお世話なのかもしれないが、おかしな提案ではない。

芸能人でも、覚醒剤を用いて不倫行為中に相手の女性が薬物により死んでしまったという俳優の夫を即日見限って離婚した女優もいる。彼女もその夫との間に子供がいて、おそらく自分の立場よりも子供への影響を考えてのことだろう。

これまで犯罪者と関わってきて、それで離婚に至るケースを多く見てきただろうから、刑事にとっては自然な持ちかけのつもりだっただろうと思う。

この時、久間は既に弁護士と接見していたから、もしかして否定もし切れるのかという僅かな希望も芽生えていただろう。

そんな時に、自分の無実を完全に信じたような顔で「私は離婚するつもりないけど、お父さんそんなこと言ったの?」と問うてくる妻の顔を見たら、そこで「自分がやったから自供する。地元に居られなくなるだろうから横浜に行ったほうがいい」とは到底言えなかっただろうと思う。

自分を信じて、離婚などせず地元に残る、という妻を裏切りたくないという決心に変わるのは当然の心境の変化ではないだろうか。

そして何より、幼い我が子のことを思ったと思う。横浜にやって、今は周囲の大人がテレビを見せないようにして誤魔化しても、いつかは判明してしまう。自分を唯一無二の父親として、その度量を無心に信じて甘えてきた我が子に、自供して完全に罪を認めたという事実を突きつけることができないと考えるだろうと思う。

ホームレスから芥川賞作家になった西村賢太氏は、父親が刑務所に入っていたのは強盗事件だと思っていたが、実は性犯罪だったと中3の時に知り、あまりの衝撃に不登校となり、高校にも進学しなかったという。

親は別に犯罪性がなくても自分の性的な部分を我が子に知られたくないし、子供も親の性的な部分を知りたくない。それなのに性犯罪、それも50代の父親が7歳女児に性的な衝動を覚えて、殺害するなど、どうやっても認められなかったのではないだろうか。

子煩悩だったという彼にとって一番怖かったのは、死刑よりも、むしろそこではないかと思う。

パチンコ店で彼は何も、誰も見なかったのか

アリバイを問われた久間の供述は二転三転した。当初に言っていた通りだと、ちょうど8時半に三叉路を通過することになる。

慌てた彼は妻を職場に送り届けた後、実母のところに米を持っていき、その後はパチンコ店に行ったと供述した。ちなみにこの日は子供と共に妻を迎えに行き、そのまま外食したという。

その時には既にパチンコ店の防犯カメラは上書きされてしまっていたという。当時はテープ式なので一定期間経つと上書きされてしまったのである。そして久間やその車の目撃情報は得られなかった。

しかし、店員や他の客が当日に彼を見たかどうかはわからなくとも、

彼本人は、何も、誰も見なかったのか?

という点である。本当に行っていたのなら、いつものパチンコ店でも何でも見たものを思い出そうとするだろう。自分と同じ列には確かこんな感じの人がいただとか、若い店員が台を点検していただとか、駐車場は空いていたのか混んでいたのか、ほかにどんな車が停まっていただの、集まって話している人がいただの、何でも刑事にでも弁護士にでも話すはずである。

特に弁護士に話せば、奔走してくれるだろう。

よくパチンコ店に行くから特別に覚えてない、などということは信じられない。

なぜなら、この日は自分の住む地域、それも自分も顔見知りの子供たちが行方不明になり、翌日人里離れた峠で遺体が発見されるという前代未聞の事件が起こった日なのである。

ただ事件に関与などしていない一般の地元民ならば、昨日おかしな車や人間は見なかっただろうかと自分の行動を振り返って考えてみるだろうし、何年も前に女児行方不明で事情聴取されたことのある人間にとってみれば、無実なのに疑われかねないと前日の行動を振り返ってアリバイになるかと考えるはずである。

私が中学生の時、クラスで盗難事件が起こった。被害者によれば、昼休みに購買で買い物をした後、貴重品入れに戻さずに自分のカバンにしまい、その後教室を離れたが、財布がないのに気づいたのが帰宅してからなので(定期入れは別にしていたから可能)、盗まれたのが昼休みなのか5時間目と6時間目の間なのか、それとも放課後なのかも判然としないという。

その報告が翌日だったわけだが、私はすぐ昨日の昼休みやその後の休み時間、放課後などに自分はどこで誰と話してたか、とか誰かがその子の机に近づいているのを見たかを思い出そうとしたり、色々考えを巡らせたし、他の子もそうで、私と話していた子が「私たち話していたよね」と言ってきたりした。

ちなみにこれを書いていて思い出したのだが、ノート泥棒というのもいた。自分が他人のノートで勉強しようというだけではなく、その持ち主が勉強できなくなってテストで困るだろうという動機を持つ奴がいたのである。その子は早い段階で怪しまれ、盗まれた子がいるグループがその子のカバンの中にノートがあるのを確認した(私もその様子を見ていたが断じて彼女たちが入れたのではなかった)。しかし奪い返さず、様子を見ていたが、返してこないのでその日にグループで電話をして、「私のノート知らない?」と聞いたら勿論しらばっくれたのだが、「あのさ、私たち、悪いけど今日あなたのカバン開けて見させてもらった。ノートが入っていたよ」と言ったら「え?!ちょっと待ってて!(しばらくして)ほんとだ!入ってた!え?!何で?!誰が入れたの?」と最後までしらばっくれてたという…

それが普通だと思うし、ましてたとえ男の子だとしても自分も幼い子供のいる親が、この事件に関心がないはずがない。そして当初は子供たちが連れ去られた場所も時間もわからなかったし、新聞では午後でも生きていたかのような目撃情報も掲載されていた。

そうなれば、パチンコ店に昼間から来てたような他の客の中に(これは偏見で言うのではなく、現実に日中仕事してる人は誘拐する暇がないという意味である)、何か怪しい人物はいなかったかと思い返そうとするものだと思う。駐車場にも、当時新聞に書かれてた「白いセダン」が停まっていなかったかと光景を思い出せば、2、3台他に車を思い出すのではないだろうか。

そういうことを久間は一切言っていないのである。本当に行っていたのなら、自分がそこにいた証明をしようと、思い出せるものなんでも「中央の台が故障中になっていたのを見た!」とか「出入り口に近いところでかなり出てる人がいた!ちょっと太めで小柄なじいさんだ!」とか言ってパチンコ店の記録やら、じいさんを探し出して聞いてみてほしいと言うものだろう。

BSの番組で当時の刑事が「やってないなら、もっとやってないと主張するものだ」と言っていた。それが普通の人間の無実の叫びだろうと思う。

黙秘するのは、余計なことを言ってボロを出さないためである。

実際、妻を迎えに行ってそのまま外食に行ったのは本当だろうと思う。それはしっかり覚えているし、彼らの外食の頻度がどんなものだったのかはわからないが、そんなにすぐに遺体が発見されるとも思っておらず、死亡推定時刻がそんなに明確に判明するとも思っていなければ、敢えて外食しているという気もする。

 

youtubeでこの事件の検証動画出してます。

Tamagoの事実探求
TVが冤罪だったと煽りまくる飯塚事件(1992)をはじめ、世の中に横行する情報操作や誤解、おかしなステレオタイプに挑んでいくチャンネルです。

筆者はこういうkindle本出してるのでよかったら。kindleunlimited対象です。

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