このMad Men、昔おそらくAXNでシーズン2まで見ていたのだが、海外に転居して中断していた。
最近Amazon Primeで全シーズン無料で提供されていて、何気なくシーズン1から改めて見たのだけれど、一気に最終のシーズン7まで見てしまった。
1シーズン13エピソードあったりするので、2ヶ月ほどかけてほぼ毎日見ていた。
個人的には
と思う。
しかも
だからシーズン1だけ見て判断しない方がいい。多くのドラマと違ってシーズンが進むほど面白いのだから。
60年代のニューヨーク。その時代性がつぶさに描かれている
このドラマの一番の見所は、
だと思う。
本当の60年代に制作された映画などと違って、現代の制作者が60年代を表現しているという感じ。
例えば人種差別やジェンダーなど。
黒人はウェイターやエレベーター係に出てきて、オフィスには出てこない(後から出てくる。その変遷も興味深い)。
ジョークとして中国人をオフィスに紛れ込ませる。(オフィスに中国人がいるのがおかしいという前提がある)
バイク産業で急伸しているホンダに営業かけようと社内が躍起になっている時に、太平洋戦争に従軍した役員が反日本人感を露わにして侮辱的な振る舞いをする。もちろんJAPという言葉が使われる。
女性のクライアントに「女にそんな生意気なこと言われたくない」と切れたり、オフィスの女性は全員秘書か電話交換手という中、秘書からクリエイティブディレクターに転じるペギーへの視線や態度など。
そのペギーがブラインドデートした際、広告会社に勤めているというと「さぞかしタイプが速いんだろうな」と社交辞令のつもりで言われるところ。
ところ変わって、主人公ドンの住まいの郊外での専業主婦たちの会話。離婚したシングルマザーの女性が引っ越してきたことで「地価が下がらないかしら」とか。
あと細かいところでは、家族でピクニックに出かけて平気でゴミを自然の中に放置するというエコロジー感覚ゼロなところもさりげなく表現されている。
とにかく、そういうところがとても丁寧に描かれていて、60年代のニューヨークもこんなに保守的だったんだなあ、とか興味深いのである。
しかもシーズン1から7にかけて8年くらい時間が流れていることになっているが、割と人の意識がドラスティックに変わった時代であることも良くわかるようになっていると思う。
あと、ファッションやインテリアなど、まさにここが現代のものへの始点だったなと思わせられる。
主人公ドンの妻のベスがパーティなどに出かける際の装いはため息が出るほど素敵だし、オフィスの秘書をまとめる女王的存在のジョーンの色っぽいファッションもオシャレ。
エンディングの音楽も当時のもので毎回違っているところも何と小粋な演出か。
マリリン・モンローやケネディ、キング牧師の死や月面着陸などへのアメリカ人の様子が面白い
上記のような社会感覚が描かれていると同時に、日本人も知っているような有名な事件に対する登場人物の反応などが描かれているのも面白いところだ。
マリリン・モンローが死んだことで、普通の女性たちがそんなにも落ち込んでいたのか、とか、ケネディの死に際する衝撃が描かれていたのも興味深かったのだが、個人的に私が印象に残ったのは
に対する、白人の登場人物たちの反応だった。
折しも見ている2020年の現在、BLM運動の最中ということもあり、50年以上前の60年代におけるニューヨークの感覚を垣間見られるのは非常に興味深かった。
このエピソードはシーズン6になるのだけど、シーズン1では白人の彼らは悪気ないというか、悪意がない感じで黒人に対して完全に線を引いていた。
ウェイターや使用人、エレベーター係として働く彼らに対して、何ら攻撃的な態度も取らないのだが、あくまで世界が違う、「同じラインに立っている人間ではない」という認識が随所に感じられるのである。
しかしシーズン6ともなると秘書に黒人女性が雇われるようになったり、徐々に変化があるのがわかる。
そこへきて、このキング牧師暗殺事件である。
私は、ここで白人登場人物達がショックを受けて、心から悼んでいる描写がこのシリーズ全体の中でも指折りに印象に残った。
特にピートというWASPの上流家庭出身の小賢しい営業マンの反応である。
シーズン1か2か忘れたが、さらっと「メレディス事件(黒人学生がミシシッピ大学に入学することに関して起きた暴動)」の報道を会社で見ているシーンがあった。
そこに通りがかったピートは、同僚に比べて明らかにこの問題に無関心な様子(特別敵意を持っているわけでもなく、おかしなことが起こってるな、と流している)だった。
しかしその6年後、ピートはキング牧師の死に大きなショックを受けていて、そこに特別な共感も見せずに自分の仕事への影響ばかり口にする同僚に「レイシストめ!」と食ってかかるのである。
キャラクターの面白さ。時代性に合わせてリアルな人物描写と各々のドラマ
このドラマは基本的には謎めいた広告のクリエイティブディレクター、ドン・クレイパーが主人公だが、その秘書からクリエイティブに抜擢されるペギーや、営業のピート、ドンを引き立てた創業者の息子のロジャー、ドンの妻のベティ、そして秘書業務を統括するジョーンなど各々の私生活なども描かれている。
そこに時代性も投影されている。
ペギーのカトリック的な家庭環境と末っ子の本人が宗教的な価値観にとらわれなくなるところや、
ジョーンが男性から常に女性としての魅力で崇められつつも、おそらく本人も具体的にわからないまでも漠然と抱えていた意識がシーズンが進むにつれて目覚めていくところ。
先ほども書いたがボンボンで、いかにもアメリカ的な処世術で狡猾に立ち回ろうとする若いビジネスマンのピートが、家庭を持ったり問題が生じたりする中で、感情的な変化が生じるところ。
ドンの妻のベティが、閉じ込められたミドルクラス(というのは比較的裕福な層のことである)の専業主婦として夫に帰属しているような存在から自我が芽生えていくところ…などである。
もちろん主人公のドンも、基本的には女性達を意のままに落としていけるドンファン的な存在として描かれつつ、実はとんでもない秘密の過去を抱えて生きていたり、元々の生い立ちへのコンプレックスとか、葛藤がつぶさに描かれている。
人物設定が単純ではなく、色んな面を持っていて、どの面もその人物の本当の部分、という描き方が非常に上手く、引き込まれていく。
第7シーズンまで続いたのだから、割と長期シリーズと言ってもいいと思うが、アメリカの長期シリーズにありがちな、役者の降板に伴うとってつけたストーリー展開もなく、基本的には全ての主要人物が手抜かりなく丁寧に描かれていると感じる。
最初はドンのストーリーも淡々とゆっくりと本人のフラッシュバックなどを元に過去が説明されていくという感じで、シーズン1から2だと一気に引き込まれるというような感じでもない。
だから私も以前に見ていた頃は、単に60年代の社会描写に興味があって見ているという感じで、そこまでドラマとして入り込んではなかったと思う。
だが、この淡々とした展開が逆に各人物への深い思い入れとなっていって、徐々に目を離せなくなるのだ。
ドラマで、全体的なストーリー展開があるのだが、結構各エピソードに独立したストーリーもあって、毎回見るたびに最後の各回異なる音楽と共に余韻に浸るようなところもある。
どんな点も非常に作り込まれていて、完全に近いと思えるドラマである。男性にも女性にも、どんな世代にも非常に勧めたい。

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